道具か身体か

建物も道も、まちも、本来は道具ではなく生活(身体)の一部。

商店街も路地も、森も海も川も、野や田畑も、、、

一義的で道具的な場ではなく、多義的で豊かな場のポテンシャルを持っている。


身体の一部が傷つけば痛むし、日々の体調にも敏感になる。


時代の流れなどで、失われた価値を元通りには取り戻せないかもしれない。
ただ、新しい価値を与えて、失われたものにとって代わることはできるんじゃないだろうか。

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そんなことを、下の記事を読んで思った…

義足は道具か、それとも身体か──喪失が新しい創造の場所になる http://nkbp.jp/sVOQaB