2月 2012
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今週末の東京行き。
今週末の一泊二日の東京行き。 東京に住んだことがない自分にとっては、東京行きはやっぱりお出 かけ感がいまだにある。
なので、あえて修学旅行っぽく、からみほぐし研究所のお出かけ。
目的は、、、 立澤香織さん 個展「Portrait2」 http:// ichiru916.blog106.fc2.com/ blog-entry-321.html 福重明子さん参加 連続展「風景考」 http://a-fukushige.com/information.html 大桃沙織さん参加 「女子展」 http://ysomomo.jimdo.com/
それぞれのアーティストの作品にじかに触れ合う二日間の予定
さらに、こちらも行って見たいな… 企画展「アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue」展...
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1月 2012
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KaramiHogushi Drawing Labo. →
からみほぐし研究所ウェブサイトの【link】に「UDOK.」を追加しました。
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復旧不休
復旧工事がはやいのは、確かにある面では良いことなんだろけど、 人手が足りなくて地元に慣れない業者さんも投入して バタバタと壊して直してと、休まず追われるように短い工期で工事して、、、 それでできるモノは果たして本当に良いものなんだろうか。
こういうときだからこそ、目に見える結果を急いで出す必要もないのかもしれない。 もちろん、急がねばならないところはあるだろうけど。
いや、きっとどこかでちゃんと考えている人がいるんでしょ。 そうなんでしょうたぶん
なにかを成し遂げようとする人は、死ぬまで一生一人前になれないのだろうか。 でも、いわゆる「社会」という基準があるおかげで、一人前のような口の聞き方や立ち振る舞いやアウトプットを習得していくことはできるようだ。 「社会」というシステム。 とても曖昧なもののような気がしていまうけれど、それに評価され生かされていくことから死ぬまで逃れられないのは事実なような気がする。
「生きること」の本質みたいなものは14歳くらいから考えるけれど、 本質なんて考えてもしょうがないものなのかもしれない。
ただそこに、見失わないようにするものだけあればいいような気もする。 それが何かってことだけど
10ヶ月
10ヶ月前の自分がどんなだったかなんて、細部まで思い出せない。
そのくらいには失ったものがある。
朝起きてからの行動も、毎日考えていることも、
休みの日に接する 人や場所も、予定が書き込まれた手帳も、10ヶ月前とはまるでちがう。
そのくらいに得たものがある。
10ヶ月間での作品をあつめて一冊の作品集をつくろう。
/からみほぐし研究所
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からみほぐし研究所 →
『からみほぐし研究所』のウェブサイトを改訂しました。
http://www.wix.com/karahogu/drawinglabo
まだトップページくらいしかありませんが、昨年のしごとなど
まとめきれていないコンテンツは徐々に追加していきます。
2012年も、からみつつほぐされつつでよろしくお願いします!
/たんようすけ
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12月 2011
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空間実験室 『雨読の毒』
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2011/12/17 sat pm15:00 start pm20:00 close
in UDOK.
からみほぐし研究所がフライヤーデザインを担当しました。
今回のトータルプロデュースは、夜兎
さらに、ゲストライブペインターとして、tansichu(からみほぐし研究所)が参加します。
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...
しわっす
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自分なりに今年を纏めて、来年の作戦を練る。
毎年同じようなことを言葉にしてても できてるかあやふやな気がする。
でも今年は、自分がつくってきたものがあるし 動いてきた結果も多少ある。
というか、それしかないんだから、
それをまとめりゃいいし、 それから自分なりにを浮かび上がられることはできるし、 やらなきゃだ。
年末の課題じゃ
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......
そう僕の今年の運勢はとてもいいんだなぁ
下らないB級雑誌に書いてあったけど
信じる事の出来そうな位のかわいい嘘は
…...
– 友とコーヒーと嘘と胃袋
/作詞:KAZUTOSHI SAKURAI
ダシからとるみそ汁か
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観光地が再生していくことで、まちが賑わい人が戻ってくる。
そんなストーリ—が地方都市の定説になっているようで、、、
観光拠点なんてほんの一握りにも満たない。
多額の費用をかけ、この先の継続的な維持の計画も曖昧なままでは、
立派な箱も、ただの観光遺産になる。
そんな一部の復興拠点的な塔の影で、見落とされていくのは
日々の生活をも再生できないでいる人たちだ。
歩いて5分のところで暮らす私も、その目に見えるところ以外を
あまりに知らない。
そして、何もできないという虚無感から、目を背けたくなるような感覚を
どこかで感じる自分がいることも分かる。
一瞬の大声や、一晩の徹夜を耐える栄養ドリンクではなく、
毎日身体を温めてくれるみそ汁のような、そんなまちに暮らせる幸せは
どう育てて行けばいいんだろう。。
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建築の脈、管という線。 【設備の線の造形】
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「建築の設計をしてます。」 というと、よく言われるのが、 「すごい!建築作れるんでしょう。」 「…。」
いやいやいや、、 全体の指示となる線を引くことはするけれど、一部の過程でしかない。
. いま私は、初めての現場でしかも部違いの「設備」の施工監理の出張所で働いている。 現場はもちろんだけれど、図面も「建築図」や「構造図」と並ぶ「設備図」に接することになる。
設備は、身体でいえば脈や神経、臓物の一部に相当する。 心臓は、まさにポンプだし、脳は電気信号を制御する配電設備みたいなものだろう。
建築設計が本領部の私は、「設備屋」からみえば、 設備もわからないでお絵描きみたいな適当な図面を引く「建築屋」 だと言われる。
環境設備みたいな分野は、大学の時もほとんど授業に出席せず、単位も落としまくり、 興味のない分野だった。なんだか頭ばっか使って計算ばかりで嫌だった。
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小名浜第一小学校 校歌
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通勤中に、ふと高校の校歌から小学校の校歌までをさかのぼって思い出していた。
小名浜第一小学校の校歌
作詞は、草野心平
「 青き空 紺碧の海 海鳥の群れは 飛び交う
幸多き 潮香の港 ここしにて 我らは育つ… 」 今ならわかる自分のふるさとの財産があった。 いい歌詞だなぁと、あらためて思い、 そして、くやしさに涙があふれた。 .
11月 2011
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新陳代謝
春がきて、暑い夏が過ぎ、
気づくと秋がきていて、
もう冬かよー
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細胞が新陳代謝をくりかえし、細胞が死んでは作られるこの身体。
昨日の自分をつくってた細胞は死に、明日の身体をつくる細胞が生まれていく。
記憶を伝えながら。
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もうすでに全身の細胞には蓄積された放射能が組み込まれ、
伝えられる記憶からは、少しずつ震災のことが減っているのだろうか。
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また春が来るころには、細胞はすっかり汚染されたものに入れ替わってて、
でも、それを考える記憶の感覚は薄れてて...
でもまだ、たった一年しか経ってなくて。
さいきん
最近、ふと考える。
よく、「好きなことやってお金稼げたら良いよねー」っていうけど、
それは違う気がして。
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特に好きなことでもないことだからこそ、お金をもらえるからやる。
特に好きなことでもないから、お金の価値を優先できるし、それで暮らしが豊かになる。
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好きなことは、お金をもらわなくてもやりたい。
好きだから、お金の価値に変えられない。
お金の価値に変えようとする瞬間に、好きな感情がお金のものさしで冷たいものになる感覚
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好きなことにもよるんだろうけど、
自分の好きなことは、あまりに感情とリンクしていた。
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基準
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余裕がなくなることも、イライラすることもあるけれど、 これはダメだなっていう基準を決めてる。 自分の基準は、身近にいる大切な友人や恋人や家族の真剣な悩みを
聴いてあげられる余裕がなくなったときだと思ってる。 そうしてまで、自分のことでいっぱいいっぱいになる意味は、いまの自分にはないと思うし、 周りの人を傷つけた過去を、もう繰り返したくない .
ものさしとまなざし
私は、どこか遠くの国で苦しむ誰かよりも、同じ街に暮らすその日にあった人を大事に思うだろうし、
不特定多数の人が苦しむ局面では、その中でより大切な友人や恋人や家族を優先する。
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私から見た世界は皆平等ではないし、自分の主観的なものさしとまなざしで世界を見ている。
いくら客観的に考えようとしたって、いざとなったら自分の考え優先に行動する。
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だから、チャリティーとかボランティアとか、
皆を平等に考えなきゃならない政治家とか公務員にはなれないな。
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それは震災でも分かった自分のこと
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時々読み返す、自分のことば
過去の自分の言葉ほど恥ずかしいものはないのかもしれない。そう思う
2010年9月、10年ぶりに地元に戻ってきて、決して前向きではないものも感じる自分と、
戻ってきた新たな人生を始めることになった自分、すべて決まっていたことでも、予定していたことでもなかった。
そんな時に書いたエッセイ。
もちろんこの時は、想像もしなかった。
数ヶ月後に、千年に一度の地震や津波がくることも、
一年後に、UDOK.のような場所をつくって今のような生活をして いることも、、、
http://www.tetoteonahama.com/essay/tantan/
tetote onahama essay
“おなはまとわたし”
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今週末は中之作の古民家で瓦降ろしします。
何でもコピペでき、クラウドでシェアでき、ダウンロードできる時代。 いま、「ここに在る」ものの価値が薄れていくように思う。
スマフォで眺め、ツイッター、SNSでいつでも気軽に連絡が取れるいまは、 人との出会いや、その瞬間の感動までも、その価値が希薄になっていると感じる。
地震や津波で失われたのは、そんないま、「ここに在る」ものだ。 失われてからその価値を嘆いても、ダウンロードできないものばかりが失われた。
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「どうせ、ものはいつかなくなる。それなら、今度は、津波が来て流されてもいいものにしよう…」
ダウンロードし、コピペし、物の価値を薄くし、身軽な自分に価値をもたせようとする。
本当にそれでいいのだろうか…
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住宅建築もまた、ダウンロードし、コピペするように、 どこにでも同じような家を「選んで、買って、置く」ことができる。
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道具か身体か
建物も道も、まちも、本来は道具ではなく生活(身体)の一部。
商店街も路地も、森も海も川も、野や田畑も、、、
一義的で道具的な場ではなく、多義的で豊かな場のポテンシャルを持っている。
身体の一部が傷つけば痛むし、日々の体調にも敏感になる。
時代の流れなどで、失われた価値を元通りには取り戻せないかもしれない。 ただ、新しい価値を与えて、失われたものにとって代わることはできるんじゃないだろうか。
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そんなことを、下の記事を読んで思った…
義足は道具か、それとも身体か──喪失が新しい創造の場所になる http://nkbp.jp/sVOQaB
10月 2011
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悲しみの果てに
何があるかなんて
俺は知らない 見たこともない
涙のあとには笑
いがあるはずさ
誰かが言ってた 本当なんだろう
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– (『悲しみの果て』より抜粋)
全てを作り出せると思うのは傲慢だ。
ただ、全てを与えもらおうと思うのは怠慢だ。
多くの人に与えることができなくてもいいから、 大切な人に多くを与えることのできるもので表現したい
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里山 里まち
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人が住まないと家は廃屋になり、 人の暮らしが見えないとまちはゴーストタウンになる。
家を残したければ住まなければ、 町並みを残したければまちにはみ出して暮らさなければ
いい家は人の手入れがいき届いて長く住まわれ、 いいまちは人が行き交い愛され続ける。 人が手を入れることで環境が維持される。
家や町も里山におなじなのかもしれない。
いいまちは、いつも生き続ける。
古里というより、里まち
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いいまち
いまさら、行政に期待していないし、日本にも期待していない。 いやむしろ、それらのどこを期待しろというのか… 自分たちで補助金なりの財源を手に入れられるならば、 それを利用してでも、自分で守りたいもの、残したいもの、 … 続けたいこと、作りたいこと… そのために動いていくのは当然のおもいだ。 できないことじゃない。 自分たちでできることがあるんだから 自分の手で守れるもの、つくれるもの。続けられることは、 自分とその思いをシャアできる仲間とで協力し合い、 動いていく。 そんなときに、一番の「よそ者」は、 異なる土地の生まれとか、違う国の生まれとか、、、 そんなことじゃない。 後ろ向きにしか考えず、何も動かない、 これからに向けた前向きな思いをシェアできないそれこそ「よそ者」だと思う。 大きな行政が、前向きで丁寧で具体的に、...
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からみほぐし研究所 さいきんのしごと。
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先週末は、如来寺で行われたショコラン。ショコラン。(http://musubu-iwaki.sblo.jp/article/47896440.html)のフリマスペースに出店。
思っていたよりもフォトカードが喜ばれて、数時間にも関わらず売上も、、w
さらに、フリマでお会いした方に突然、
結婚式のウェルカムボードの依頼までいただきました!!
まさかの、直感で…。
「え!?おれのこんな絵でいいんですか?」と
思わず聞き返してしまったくらいです(笑)
また、後日UDOK.にフォトカードを追加で買いに来てくださった方も。
みなさん、本当にありがとうございます!!
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さて、
そして今週は、イベントのフライヤーの仕事をしています。
6月に初めて受けたフライヤーの仕事ですが、
今回も同じ場所(満月堂)で行われるイベントです。
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9月 2011
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からみほぐし生活
片意地を張って、固くなり、身動き取れず息苦しくなっているときが、からみすぎた状態なら、
何も考えず、ぼけーっと空や海や山を眺め、力を抜いてただ浪の音や鳥のさえずりに耳を傾け、
深呼吸するのがほぐされた状態なら、
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日々の気象の変化を感じながら、季節の移り変わりを感じ、
太陽と共に目覚め、晴れた日には畑を耕し、雨の日には家事をし、
読書をし、そうして作物を育て、自分の「生活」を作り、収穫をえる
そんな、日々の生活は、
「からみ」と「ほぐし」の間の中間領域に広がり、ふたつが緩やかに入り交じる
からみほぐし生活
といえないだろうか。
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生業としての農業の話じゃなく、「農」のような生き方のはなし
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今週
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今週はフライヤーデザインと10/2(日)のイベントで販売する商品を制作。。。
ポストカードとかありきたりでつまらんから、違うカタチを予定してる
今日は、紙を決めるべく手持ちのものをいろいろ試していた。
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墨画シリーズのFUKI、FUDE、5連作のawa、プレゼントシリーズのGIFT、
間に合うかどうかのJELLY、あと大きめのやつも出せれば、、、
ブースの大きさもあるので、そんなに多くは出せないだろうけど。
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今日はFUKIの、印刷具合を調整していた。
原画には原画の良さがあるが、出力するからには、原画では出せない質感や
奥行きを加工と紙質などで出せないかと思う。
原画を描いた自分でも、出力したときに驚きがあるような仕上がりを期待してる。
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シンプルなモノクロだからこそ、その細かな質感がおもしろい。
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tetote onahama essay
小名浜のライフスタイルを伝えるウェブマガジン【tetote onahama】 一般の方がエッセイを寄稿するページがある。 311後は、私も含め、小名浜に暮らす人たちや、 いまは他の地に暮らし小名浜に縁がある方々が文章を寄せる。 … 毎回、新たなエッセイが載るたびに、静かな気持ちで読み、 そしてあふれる涙を止められない。 「場と人」そこに息づく想いを考えずにはいられない。
決して暗い気持ちばかりではない。
エッセイを書いたことで、ずっとモヤモヤしていた 311後の気持ちに、ある区切りができたという人もいた。
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みなそれぞれが、つぎへ進むために落とした涙、
その体温の温かさが、1ページのエッセイとなって紡がれています。 ぜひ、読んでみてください。 .
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